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下町のえんぴつやさん

絵本作家へのみち。

第6話 りくぜんたかた

 

 

前回の投稿から1か月がたちました。

2016年も、10か月をきりましたね。

 

 

「月2回以上ブログ更新」を目標にした

2016年のはじまりが懐かしいです。

 

 

(と、自分を焦らせてみる。)

 

 

 

 

 

 

さえこです。

 

雨。つまり引きこもりDAY。

 

 

 

 

 

 

先週、岩手県陸前高田市へ行ってまいりました。

 

「旅行」というよりは「帰省」に近い…。

Because先週が7回目の訪問だったからです。

 

 

 

わたしの家族はみんな、

集合!という掛け声から5分後には

おばあちゃん家に全員集合できるぐらい

近くに住んでいます。

 

だから、昔から夏休みとか冬休みに

「おばあちゃん家かえるねん~」

っていう友達が羨ましくて仕方なかったのです。

 

 

 

 

 

 

初めて陸前高田にお邪魔させて頂いたのは

2013年8月、うごく七夕まつりをお手伝いしたときでした。

 

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(写真は2014年8月。お手伝いさせて頂いている荒町祭組の山車)

 

 

ずーっと昔からの伝統行事で、

東日本大震災の影響もあって人手が足りないということでした。

 

関西でいうと「だんじり祭」に近く、

よそ者がだんじりの組に入ってわいわいやるのは

暗黙のルールでダメなのは知っていて…

 

 

 

地域が変わろうと、

そんな大切なお祭りに十数人が押し掛けて

本当に受け入れてくださるのだろうか

と、とても不安でした。

 

 

 

 

実際に陸前高田に到着すると、

テレビでみたのと同じ広い大地に圧倒され、

予想以上の暑さにやられながら、

 

街を歩きました。

 

歩きながら、おじちゃんやおばちゃんたちが

「ここには○○があったんだよ」

とか

「もうすぐおれの家があったところだ」

と教えてくれて。

 

街があったことを

想像しきれないぐらいまっさらな地平線でした。

 

 

「悲しみが覆った大地に

力強い太鼓の音が響き

優しい笛の音色がうたっていた」

 

そんな風に、日記には書いています。

 

 

 

 

結局、当日はわたしたちが一番

楽しんでいたように思います。

 

「楽しませてくれてありがとう。」

って言われるぐらいに。笑

 

 

 

 

それから、11月に再び訪れ、

 

翌年2014年にもお祭りを

お手伝いさせていただき、

 

認定NPO法人桜ライン311の植樹会へ行き、

 

またお祭りをお手伝いして…

 

 

 

としているうちに、

2016年3月11日がやってきました。

 

わたしは震災直後、

被災地を訪れる勇気がなくて

ボランティアじゃない立場で行きたい

なんて、何かと理由をつけて逃げていました。

 

 

 

 

震災がなければ、

あの街が被災しなければ、

わたしはそこに行くことがあったかどうか

わかりません。

 

 

きっかけは決して肯定できることではないですが、

それでもつながった人たちに

これからも会いに行きたい。

 

報道だけじゃなくて、

もっともっと現地の人たちの声を聞きたい。

 

被災地」としての陸前高田ではなく、

陸前高田のいいとこを、色んな人に知ってほしい。

 

 

 

 

海の幸は、いつも食べきれないくらい

食べな!って出してくれる。

 

 

「ただいま」って言うと

「おかえり」と言ってくれる人がいて、

 

「帰ります」って言うと

「また帰っておいで」と言ってくれる人がいます。

 

 

 

泣きそうなぐらい

あたたかい人がたくさんいる街なのです。

 

 

 

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海は青くて、

いのちの源なんだということを

教えてくれた場所なのです。